三井権八は布野村生まれの元相撲取り

 

 三次市三次町に「三次もののけミュージアム」が開館して、多くの方がお出でになっています。もののけは怖い話ばかりでなく、可愛くて愛嬌のある妖怪も現れますので楽しんでいただきたいと思います。そしてミュージアムから北の方へ足を延ばしていただくと、「道の駅ゆめランド布野」には布野村出身で元相撲取り三井権八の記念碑・案内パネルを設置する予定です。

 パネルにはこの "あっしが三井権八でがんすページ"(AP)  にお出でいただくためのQRコードを用意します。そしてこのページから更に布野、君田、作木妖界めぐりへジャンプも出来ます。どうぞ妖界めぐりをお楽しみください。

                                                                                    升井 紘 妖界めぐりプロ

 

あっしが三井権八でがんす 

 

 三次市には「稲生物怪録」という書き物や、物怪を収録した絵巻物が保存してあって、それを遺したのは三次五日市(現三次市三次町)に住まいしていた稲生武太夫という実在の人や、後々そのことを研究された人たちでがんす。

 

 あっしが布野村出身ということは、布野村の古文書にも書いてないし、伝説にも出て来んのでがんす。それにもかかわらず皆様の前にご披露できるようになったかということを申し上げやんす。実は稲生武太夫さんが 秘録「三次実録物語」のしょっぱなに「三井権八は三次五日市奥近在布野村と申す所のまずしき百姓夫婦の元に誕生した」と書いとりんさって、ようよう布野村生まれのあっしが陽の目を見たということでがんす。

 

 

 武太夫さんが物怪に出会うたのは元服する前のことで、平太郎と名乗っておった頃のことでがんす。そこに色々な人物が描かれておりやんすが、中でも隣家に住む三井権八(あっしのことでがんす)という元相撲取りの男とは仲が良うて、脇役ではありやんすが物怪との出会いの場面によう登場させてもろうとりやんす。

 

 脇役というのはついでに出てくる者と相場は決まっとりやんすが、主役を引き立てるキャラクターでありやんして、物語を盛り上げる役、例えば清水次郎長には大政小政に森の石松、フーテンの寅さんには御前様やタコ社長、立花福子には実母の今井鈴なんぞがいたことは皆様お存知でやんしょう。

 どうも自分で自分を持ち上げるようで恥ずかしゅうがんすが、あっしも脇役ながら平太郎さんに目いっぱい協力させてもらいやんした。

 

五日目の宵 稲生屋敷に現れた物怪 

 

 権八が来ていた時に大きな石が這ってきた。石には指によく似た足が沢山あり、蟹そっくりの目がついている石は権八を睨みつけて走り寄ってきた。

 権八は刀を抜いて切りつけようとしたが平太郎に止められた。夜明け、台所へ行くと近所の車止めの石が残されていた。

 

 

 ところで権八石像と案内パネルの側に鎮座している丸石は一体何なのでしょうか。語れば不思議な話ですが、この丸石は三次市三原町にあったもので、その昔付近の若者たちが力比べで持ち上げたり、投げてその距離を競っていたそうです。近年になって整地をするのに支障となって撤去、それが布野村横谷の小林さん宅の庭に置かれたのだそうです。

 どうやらそれは只の力石ではなくて、稲生屋敷に物の怪が出現し始めて五日目のこと、平太郎と権八の前に現れた「指によく似た足が沢山あり、蟹そっくりの目がついている石」を相撲の稽古が終わって三原まで持ち帰った、とある物知りが言うのです。

 稲生物怪録に記された妖怪が実在したのかどうか分からないのでありますが、既にあの石は三次もののけ博物館にあります。でもそれはそれとして、聞けば聞くほどに怪しげそのものの丸石に見え、さらに丸石は雄雌対を為していたらしいとか、意を決して小林さんにお願いし、権八石像と共に道の駅ゆめランド布野へ置かせてもらうことにしました。